生きられなかったもうひとりの自分~影(シャドウ)の存在~

世界三大心理学者のひとり「ユング」は、子どもの自我が作られる時に出てくる悪者のイメージを【影(シャドウ)】と名付けました。ざっくり言いますと、シャドウとは、「自分の中で否定している性質」の事です。

「自分の中で否定している性質」とは、「自分が『悪い』と思っている性質」のことです。
例えば、あなたが職場やプライベートで「こういう人はイヤ!」「こういう人はキライ!」と思う相手はどんな人ですか?
「へらへらしていて仕事は何もしない」
「教えても仕事が出来ない」
「八方美人」
「常識がない」
「女を使って仕事をしている」
「すぐ泣く」
「すぐ人に頼る」
「努力をしない」
「自分のことだけ」
などなど、悪いと思っている性質は人によって違います。

その「悪いと思っている性質」を、「本当は自分自身も持っている」のに「いや、自分はそんな性質なんか持っていない」ということにして、悪い性質を相手に映し出して、相手が持っているように見てしまう。このようなメカニズムが、人間のこころの中には組み込まれています。このメカニズムを【投影】といいます。

この「自分が『悪い』と思っている性質」を持った自分、だけど居ないものとして扱われてきた自分、これが影(シャドウ)です。つまりシャドウとは、生きられなかったもうひとりの自分のことなのです。

では、なぜ【投影】というややこしいメカニズムが、人間のこころの中に組み込まれているのでしょうか?
実はシャドウは、子どもが自我を形成するために必要なものです。なぜなら、子どもは悪者のイメージ(シャドウ)を空想してそれを批判することで、その子なりの【社会という枠の中での価値意識】、つまり自我の一端を作っていくからです。
その時に、具体的な悪者が目の前に居ると批判しやすいので、「自分が悪いと思っている性質を持つ子どもを攻撃する」=シャドウを投影する、ということが起きます。これが子どものいじめの一要因でもあります。
投影は、子どもが自我を形成する過程で必要なプロセスなのですが、とはいえ、やっている本人には必要なプロセスでも、やられる方はたまったものではありません。

大人の世界でも、人間関係の問題でシャドウの投影が絡んでいることが多々あります。
「あの人がイヤ!」「あの人がキライ!」
だけで済んでいるうちは良いのですが、自分が持っている悪い性質を認めたくないから、相手が持っていることにして相手を攻撃する、というようなことが起こると、パワハラに発展してしまうこともあります。

また、転職しても異動しても、何度も何度も似たような嫌なタイプの相手が目の前に現れて困ったり、嫌な相手が家族で距離が近かったり、イヤな気持ちが高じて自分自身をメンタル不調に追い込んでしまったり、となれば対処が必要になってきます。

対処法は【投影の引き戻し】

投影の引き戻しとは、投影している人に対して、投影をやめさせるのではなく、それが投影だと気付いて貰うことです。つまり、自分が批判しているのは相手の性質ではなく、自分が持っている性質なのだ、ということに気付いて貰うことです

気付いて貰うには、やはりカウンセリングを使うことが手っ取り早いのですが、自分で気付くことも出来ます。それは、
「あの人のこと、イヤでイヤでしょうがないけど、これってもしかして投影?」
「何度も同じような嫌な相手に出会うなあ…これってもしかして投影?」
と、いったん自分自身を振り返ってみることです。

1.あの人のどんな言葉や態度がイヤなのか書き出してみましょう

自分がイヤだと思う人は、実は「自分がダメだと禁止している性質」=「シャドウ」を見せてくれる人です。なんかイヤ…といったような曖昧なレベルではなく、どんなところがイヤなのかを明確にして書き出します。

2.本当は何が羨ましいの?と、自分に聞いてみましょう

人は、羨ましいと思っている相手に対して、瞬間的に嫉妬を起こし、その相手をイヤな人だと批判したり攻撃したりといったような、破壊的な人格に変わってしまうものです。もしかしたら「自分がダメだと禁止してる性質」を相手が自由に使っていることで、羨ましいと感じている自分がいるのかもしれません。

3.この感情は子どものころの経験とどう関係しているのかな?

「自分がダメだと禁止している性質」=「シャドウ」は、子どもの頃に親や先生から植え付けられた価値観であったりします。その価値観が、他人への批判になる場合もあります。イヤだと思っている相手に対する怒りや批判の感情が、子どものの頃の経験とどう関係しているのかを考えてみましょう。

4.相手の嫌な性質を良い性質に変換してみましょう

長所と短所は表裏一体です。例えば「自分のことしか考えない」という嫌な性質も「自由、天真爛漫、自分に正直」といったような良い性質にも捉えられます。そしてその長所も短所も、自分自身の中にあるものなんだとじっくり感じてみましょう。

「私がイヤだったのは、私が否定したかったのは、相手の中にある性質じゃなくて自分の中にある性質だったんだ…」
と気付くと、
「相手を批判否定していたことは、自分自身を批判否定していたことだったんだ!」
と気付くでしょう。自分が自分を攻撃し続けているのですから、辛いに決まっています。

そうしたら、居ないものとしてきたもうひとりの自分(シャドウ)を、悪い性質を持った悪として排除するのではなく、大事な自分としてちゃんと居場所を見つけてあげたいものです。この【居場所を見つけてあげること】を【統合】といいます。
そのためには、シャドウをよく見て、考えて、上記1~4のような対応をしていくこと。
統合が進むと、「悪い性質を持った自分」を許せるようになり、どんどん自分が自由になっていくのを感じます。ひいては他人も許せるようになります。
人格が豊かになり、人としての器が大きくなり、しかも個性的になっていくのです。これが本来の自分を実現していく【自己実現】というものです。

参考文献 心のしくみを探る 林道義 著

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